今回のコラムはシステムインテグレーション業界(SIer)の営業シナリオの作り方についてご紹介したい。SIerのITソリューション営業では、WEBやセミナー、展示会などで、ITソリューションの評価版(無料で使えるお試し版)を配布し、ソリューションの良さを体験してもらい、その上で販売・営業するというような営業シナリオがある。
この営業シナリオは健康食品やコスメなどの営業シナリオと似ている。
<健康食品の営業シナリオ場合>
CMで無料サンプルや試供品を配布し顧客リストを作る
↓
電話やDMなどで定期購入コースをセールス
<SIerのITソリューションの営業シナリオの場合>
評価版の無料配布し顧客リストを作る
↓
営業を行い本製品を購入してもらう(ライセンス販売やメンテ・保守なども含む)
この2つに共通することは、商品と営業が連鎖していることだ。どちらも、「無料のお試し品」から「売りたい商品」へと連鎖させつつ、営業シナリオを組み立てている。無料のお試し品で顧客を集め、その後営業を行い、売りたい商品を売るという流れだ。
しかし、ITソリューション営業では、評価版を配布しても、すぐに売れるとは限らない。なぜ評価版を配布しても売れないのか?今回のコラムではここに論点を絞り、評価版のあるべき姿を考察し、ITソリューション営業の営業シナリオを考えてみよう。御社の営業戦略の立案のヒントになれば幸いだ。
ITソリューションの評価版配布後の狙いと課題
上述したように、ITソリューション営業では、評価版を配布したからといってスムーズに売れるとは限らない。その理由は2つある。
理由1「部門によってニーズが違う」
理由の1つ目は、BtoBならではの理由で、ITソリューションを活用する部門によってニーズが異なるからだ(部門によってニーズが異なる点については、「BtoBにおける顧客目線に合わせたソリューション提案営業とは?」のコラムでも紹介しているので、合わせてご覧いただきたい)。
ITソリューション製品は、実際に導入すると、他部門にわたって活用される製品が多い。そのため、情報システム部門のニーズと、実際に製品を使う他部門のニーズは異なるのである。
その異なるニーズを評価版だけでは確認することができず、結果、評価版の配布だけでは、ITソリューションの販売は難しいのである。
理由2「評価版そのものの問題」
そしてもう1つは、「評価版」そのものの問題である。
評価版としてよくあるのは、下記の2つであろう。
(1)機能限定で使える評価版
(2)日数限定で全機能が使える評価版
おそらく工数の問題でこのような評価版になっていると思われるが、これで、本当にITソリューションの特長や魅力が伝わるのだろうか?「使ってもらえればわかる」という意見もあるだろう。だとすると、本当に、上記のような機能限定・日数限定の評価版で良いのだろうか?
顧客から見れば「自分のやりたいことが本当にできるかどうか確認すること」が評価版の目的である。製品によっては、顧客のITリソースをそのまま活用するというような場合もあるだろう。そういった場合は、「自社のITリソースを活用して自社のやりたいことができるかどうか?」を確認してもらうことが評価版の本来の役割のはずだ。
そのように考えれば、
(1)機能限定で使える評価版
(2)日数限定で全機能が使える評価版
は目的を達成しているのだろうか?
このように考えれば、評価版そのものにも問題があるのでは?と考えられる。
スムーズな営業シナリオを実現する評価版のあるべき姿
では、この2つの理由を解決するには、どうすれば良いだろうか?その具体策を考察してみよう。考察するにあたり、まずは下記の参考記事をご覧いただきたい。結婚式の商品戦略と営業シナリオの記事である。
参考記事:「紙面でプロポーズ!? 求婚広告プレゼントキャンペーン」
ポジティブドリームパーソンズは、ウェディングを中心にフラワー・ホテル・レストラン・バンケット・コンサルティングの6事業を展開し、感動をサービスとして提供している。
本プレゼントキャンペーンは、1月27日の「求婚の日」にちなみ、プロポーズにおける感動を高めるため、プロポーズの手段に新聞広告という「非日常」をプレゼントする、というもの。
当選者は、新聞広告を使って求婚したい相手に自由にメッセージを届けることができる上、当選者のプロポーズが成功した場合は、ポジティブドリームパーソンズが運営するウェディング会場での披露宴を、特別割引で利用可能だ。
この参考記事から、評価版のあるべき姿が学びとれる。
まず参考記事によると、「ポジティブドリームパーソンズ」はウェディング事業を行っており、その特長・魅力は「感動」である。そのため売りたい商品は「感動のある結婚式」ということになる。
そして、今回のキャンペーンで行うのは、「紙面でのプロポーズ」だ。その目的は「非日常を体験することによってプロポーズの感動を高める」ということだ。このキャンペーンのサービスが「トライアルサービス(有料)」という位置付けになる。
つまり、「紙面でのプロポーズ(有料のトライアルサービス)」で顧客リストを作り、自社の特長である感動を体験してもらい、その後、「感動のある結婚式」を売るというシナリオである。
<ポジティブドリームパーソンズの営業シナリオ>
紙面でのプロポーズ
↓
感動のある結婚式
この「紙面でのプロポーズ」は、ITソリューション営業に置き換えると、評価版と同じ位置付けになる。
<ポジティブドリームパーソンズの営業シナリオとITソリューション営業>
紙面でのプロポーズ=ITソリューションの評価版
↓
感動のある結婚式=ITソリューションの本製品
ここで着目すべきは、「紙面でのプロポーズ」は売りたい商品である「感動のある結婚式」の特長を「事前に体験出来る内容になっている」という点だ。これが重要なポイントである。
<ポジティブドリームパーソンズの営業シナリオ>
紙面でのプロポーズ=事前に感動を体験出来る内容になっているのがポイント!
↓
感動のある結婚式
では、このポジティブドリームパーソンズの例を参考に、ITソリューション営業の評価版のあるべき姿を考えてみよう。ポジティブドリームパーソンズでは、「事前に特長を体験できる」という点が大きなポイントであった。その点を応用すれば、ITソリューション営業の評価版は、部門によって異なるニーズを事前に確認・体験できる評価版が理想的である。
もう少しわかりやすく言えば、評価版を部門の目線に合わせて作るというイメージだ。例えば、在庫管理ソリューションであれば、下記のような評価版になる。
(1)在庫管理担当者用の評価版
どれだけ在庫管理が楽になるかを体験できる評価版。いまエクセルで在庫管理を行っているならば、そのエクセルでの管理と比べてどう楽になるのか?が体験できる評価版。エクセルではできなかったことができるようになるならば、それがすぐにわかる評価版
(2)情報システム部門用の評価版
情報システム部門の担当者が、システムの管理や他システム(社内にある在庫管理とデータ連携しなければならない他のシステム)との連携が楽にできることを体験できる評価版
(3)経営陣向けの評価版
在庫削減がどこまで進み、どのくらいの利益向上につながっているのか?をどうやって確認し、今後どのように経営判断を下すのか?を事前に確認できる評価版
この様に、評価版を部門のニーズ・課題に合わせて作り、それぞれの部門で体験してもらうことで、各部門の評価を行いやすくするのである。
このような評価版があることで、「ポジティブドリームパーソンズ」のように、事前に自社の特長を体験してもらうことができるようになる。しかも、ITソリューションの特長を、ニーズの異なる部門ごとに体験してもらうことが可能となるのだ。
これが私の考えるあるべき評価版の1つの姿である。
あるべき姿のメリット・デメリット
この様な評価版が存在すると、ITソリューション営業はどうなるだろうか?
まず様々な部門に対する評価版の提案ができるようになるため、営業の間口が広くなる。経営者、情報システム部門、担当者など目線を変えた提案ができるようになる。
経営者と名刺交換する機会があれば、「在庫削減がどこまで進み、どのくらいの利益向上につながっているのか?をどうやって確認し、今後どのように経営判断を下すのか?を事前に確認できる評価版」がありますっと提案できるようになるわけだ。
そのため、提案の幅が広くなり、リード獲得件数も増加する可能性がある。これは大きなメリットになるだろう。
しかしデメリットもある。それは、当然、工数がかかることだ。部門ごとに異なるニーズを調べなければならないし、調べた後は、専用の評価版を作ることも必要だ。しかし、営業シナリオをちょっと工夫するとこで、この工数をカバーすることもできる。
例えば、下記のような営業シナリオにするのだ。
(1)今まで通り、機能や期間限定の評価版を無料で配布
(2)(1)のお客様に部門ごとに異なるニーズを事前に体験できる評価版を有料で販売(ただし低コスト)
(3)(2)のお客様が正式契約になったら、(2)で頂戴した費用を契約金額から値引きする。契約にならなかったら(2)の費用はそのまま売り上げにする。
このような営業シナリオにすれば、評価版でかかった工数をカバーできる。加えて、見込みの確度も確認できるようになる。(2)の段階である程度の費用を支払っているからだ。購入に対する意識の高さを確認できるようになる。
このように、評価版と営業シナリオ、そして価格戦略をうまく連動させ、工数をカバーしながらも、よりスムーズに営業が流れるように工夫するのである。
当然、ITソリューションの製品によってできる・できないというのはあるだろうが、もし今、機能や期間限定の評価版を配布した後、「契約まで進まない」という営業課題があるなら、こういった工夫を検討してみてはいかがだろうか?